宍戸さんに「長太郎」と呼ばれるようになってから、他の人にもそう呼ばれることが増えた。
さすがに、先輩たちを名前で呼ぶのは気が引けるけど、同い年相手なら俺も名前で呼び返す。
・・・・・・ただ、それだけのことなんだけどな。
「長太郎・・・・・・ちょっと愚痴ってもいい?」
「どうしたの?日吉と喧嘩でもした?」
「ううん、日吉は何も悪くないんだけどね・・・・・・。」
ちゃんとは部活も同じで、今年からはクラスも一緒だ。
でも、それは俺が決めたことじゃないし・・・・・・。
「今日、朝練が始まる前に、一年生の子が・・・・・・日吉に告白してるところを見ちゃって・・・・・・。」
「朝練が始まる前?結構早いよね・・・・・・。」
「そう。だから、それだけ彼女は真剣だったんだと思う。告白も『付き合ってください』って言うより、『自分の想いを伝えたかっただけです』って感じで・・・・・・すごくいい子そうだった。」
「でも、日吉にはちゃんがいるんだし。」
「うん。日吉もちゃんと断ってくれてたんだけど。やっぱり、あまりいい気はしないかなって・・・・・・。だから、長太郎に話せて、ちょっとスッキリした。ありがとう。」
ほら、ちゃんはいつでも日吉のことを想ってるよ。
それなのに。
「日吉、ちょっといい?」
「・・・・・・何の用だ。」
俺が喋りかけただけで、日吉は嫌そうな顔するんだもんなぁ・・・・・・。
「今朝、一年生の子に告白されたの?」
「はぁ?お前には関係ねえだろ。」
「ちゃんが見てたみたいだよ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・そんな顔するぐらいなら、自分も名前で呼べばいいのに。」
「あぁ?何か言ったか?」
「い、いや、何でも。とにかく、ちゃんがちょっと気にしてるみたいだったから。一応、日吉に言っておいた方がいいかと思って。」
「・・・・・・。」
日吉には黙っていてほしい、とは言われてなかったし・・・・・・と思ったんだけど。やっぱり、こういうのは言わない方が良かったのかな?
「――で、心配になって、二人の様子を窺いながら帰ろうとしてるわけか。」
「す、すいません、宍戸さんまで付き合わせちゃって・・・・・・。」
「別に構わねえよ。俺もアイツらのことは、何かと気にかけてやらねえと、って思ってっからな。」
「ありがとうございます。」
部活後、俺と宍戸さんは、一定の距離を保ちながら、日吉とちゃんの後を追った。
間に他の人たちもいるし、気付かれない・・・・・・と思う。少なくとも、今のところは大丈夫そうだ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
それだけ離れているし、二人の声が聞こえなくても当然。
と思ってたけど、聞こえないんじゃなくて、何も話してなかったらしい。
「・・・・・・。」
注意深く耳を澄ましていると、微かに日吉の声が聞こえてきたから。
「・・・・・・。」
それに対して、ちゃんは少し日吉の方を向いた。
周りの喧騒で声は聞こえなかったけれど、たぶん小さく返事をしたんだろう。
「俺に言うことはないのか?」
「日吉に・・・・・・?」
「鳳には話して、俺には言えないのか?」
「・・・・・・長太郎に聞いたんだ?」
自分の名前が出てきて、少しドキリとする。
何だか、ここにいるのもバレてるんじゃないかって気になったけど、そんなはずはないよな。
「ああ。」
「長太郎が何て言ってたかは知らないけど。長太郎に話して、もうスッキリしたから。大丈夫だよ。」
表情は見えないけど、ちゃんの声は普段と変わらない明るいものだった。
俺が少しは役に立てたのなら、それは良いんだけど・・・・・・。
「本当に今は何とも思ってねえのか?」
「何ともって言われると・・・・・・思ってないこともない、かな。」
うん、そうだよな。だからこそ、俺は悪いかなとは思いつつも、日吉本人に話したんだ。
「だったら、それを話せ。」
でも、日吉・・・・・・。聞き方ってもんがあるんじゃないかな・・・・・・。
「うーん・・・・・・でも、言っても仕方ないことだと思うよ?」
「俺にとって仕方ないかどうかは、聞いてからじゃないとわからねえだろ。」
「そうだけど・・・・・・でも、そうだね。日吉がそこまで言ってくれるなら。」
そう答えたちゃんは、日吉の強い口調に引っ掛かってはいないようだった。
やっぱり仲良いな、あの二人。
「今朝、日吉が告白されてるところを見て、ね。当たり前だけど、自分以外にも日吉のことを好きになる子がいるんだなって思って。そしたら、誇らしくもあるんだけど、どこか寂しいみたいな感じもあって。だから、見たくはなかったなー・・・・・・って話。」
「なんで、それを俺には言わず、まず鳳に話したんだよ。」
「日吉は何も悪くないから、言っても悪いかなーって思って。だから、長太郎に愚痴らせてもらったの。・・・・・・まあ、関係ない長太郎に言うのは、もっと悪いかも、だけど。」
隣の宍戸さんが、ちらりと俺を見た。俺はそんなこと思ってない!と頭を振った。
「だろうな」と呟いた宍戸さんにはわかってもらえたみたいだけど、ちゃんにもそう伝えたい。
ちゃんも冗談っぽく言ってたから、大丈夫だと思うけど・・・・・・悪いとか全く思わなくていいからね!
「そう思うなら、これからは俺に言え。いいな?」
「本当にいいの?」
「聞こえなかったか?俺は『言え』と言ったはずだ。」
相変わらず、日吉の言い方は・・・・・・。
「・・・・・・わかった、ありがとう。」
だけど、やっぱりちゃんは嬉しそうに、そう答えただけだった。
「でも、日吉も嫌な気分にはなるでしょ?」
「別に。」
「そうなの??」
日吉のはっきりとした返事に対して、ちゃんの不思議そうな声が聞こえた。
さっきからちゃんは、俺や日吉に迷惑かも、って思ってるみたいだから、当然かもしれないけれど。そんなことないんだよ。
そうだよな、日吉?特に日吉は、大好きなちゃんに言われてるんだから。
「当たり前だ、嫌に思うわけがねえだろ。むしろ・・・・・・。」
言いかけて、途中で止めたけど・・・・・・日吉、そこまで言ったら、隠し通せないんじゃないか?
さすがに、日吉もそう思ったんだろう。諦めたように、続きを話した。
いや、違う。この様子は諦めたと言うより、きっと・・・・・・。
「むしろ、可愛いとしか思えねえな。」
「え・・・・・・!?」
「だから、もっと言えばいいんだよ。わかったか?」
開き直った、と言う方が近いかな。
日吉が恥ずかしがることなく、ただからかうように言ったから、ちゃんは相当照れてしまったようだ。後ろから見ていても、動揺しているのがわかる。
でも、よく言ったよ、日吉!!ちゃんもきっと喜んでるに違いない。
そう思うと、安心して、自然と足が遅くなった。
「ん?もういいのか?」
「あ、はい。そうですね。あまり見ているのも悪いですし、それに、あとは大丈夫だと思うので。」
「本当、心配してやってんだな。苦労するだろ。」
「いえ、別に、そんなことは・・・・・・。」
「まあ、お前が勝手に苦労してるだけだからな。」
「ハハ・・・・・・。」
たしかに、自分から首を突っ込んでしまっているところはある。
「けど、長太郎の気持ちはわかるぜ。アイツら、何か放っておけねえんだよな。」
「それに、仲良くしてる二人を見ると、こっちも嬉しくなりますしね。」
そうだ。今度は名前呼びについても、もうちょっとお節介してみようかな。
まずは、ちゃんの考えも聞いてみないと。
・・・・・・日吉は、間違いなく、嫌な顔をするだろうけどね。
日吉くん、お誕生日おめでとう!
珍しく鳳視点の日吉夢です。他キャラ視点を書くと、『日吉を愛でる30のお題』を書きたくなります(笑)。
そちらは、また、いずれ!!
今回書きたかったのは、鳳くんにイライラする日吉くんです(笑)。
でも、鳳くんは協力的・宍戸さんも(笑)、という関係性で、ある意味仲良いんだと思ってます!
('15/12/05)